一枚の革そのものが作品。
それを製品にする重みとよろこび。

  • Interview

Barco Carpintero 革職人

藤原 進二

2023年、井上孝頌や同じ工房の鈴木磨氏とともに「Phare」の立ち上げに参画。主に財布やキーケースなどの小物を手がけ、直線と曲線のバランス、ディティールに宿る表情を大切にしながら、シンプルかつ上質な革小物づくりを追求している。

Phare 店主

井上 孝頌

はじめて革職人の世界にふれた、工房での出会い。

井上:

藤原さんとお会いしたのは、神戸にあるBarco Carpintero(バルコカルピンテーロ)の工房でした。“職人”と呼ばれる方にお会いするのは初めてで、なんとなく気難しい方を想像していたのですが、とても気さくに迎えてくださって。

藤原:

当時、海のすぐそばにあった工房まで来てくれましたよね。今から5年ほど前でしょうか。

井上:

その時、即興でキーケースをつくってくださいました。一枚の革が製品に仕上がっていく工程を見て、これが革職人の仕事なのかと感動したのを覚えています。いただいたキーケースは今も大切に使っていて、Phareのお店の鍵も付けています。

藤原:

井上さんはその後、日本製のファクトリーブランドを取り扱うショップの店長を任されることになり、よく顔を合わせて、いろいろと話をするようになりました。

井上:

これからの革職人はどうあるべきか、真剣に話し合いを重ねた時期もありましたね。

藤原:

日本では、ものづくりの担い手たちを取りまく環境が年々厳しくなっていて、廃業を余儀なくされる工房もあります。でもそれは、時代の変化のせいだけなく、これまでのスタイルを変えない造り手の側にも問題があるのかもしれない。
そんな話し合いを重ねたことで、自分も大きく成長させてもらったし、日本の造り手たちにもう一度灯りをともしたいという想いは「Phare=灯台」というブランドにつながる原点にもなっています。

和裁士の母、壁に掛けられた一着の着物。

井上:

子どもの頃から、何かを“つくる”ことへの興味はあったのですか?

藤原:

そうですね、子どもの頃はプラモデルづくりに熱中していました。1度つくっても完成度に納得がいかなくて、全く同じものを3回つくったこともあります(笑)。それから僕の母は和裁士で、着物を縫い上げる姿をずっと見ながら育ちました。

井上:

ものづくりがそばにある環境だったのですね。

藤原:

母は朝から夜遅くまで仕事をしていたのですが、反物がだんだん縫い合わされて、ある日一着の美しい着物に仕上がり、部屋に掛かっている。そんな光景が心に残っています。
だから自分にとって、ものづくりを生業にするのは自然なことでしたし、手先は器用なほうだと思い込んでいました。でも、革の世界に入って、自信が一度打ち砕かれましたね。この世界には、自分以上にすごい技術を持った人がたくさんいましたから。

井上:

なぜ、革という素材を選んだのでしょうか?

藤原:

昔から革製品が好きでした。今でも、仕事として毎日触れられることに幸せを感じます。高校生の頃は、クリームを塗って“革を育てる”キットを使い、財布のヌメ革の風合いの変化を楽しんだりしていました。20代の頃、自分で道具を揃えて革小物をつくるようになり、そこからさらに革の魅力に取りつかれました。
一つの作品をつくり終える頃には、もう次に何をつくるか考えて始めている。はじめは手縫いでしたが、ミシンで本格的につくるようになり、このままでは機材の重みで自宅の床が抜けるのではないかと、自分で工房を構えるに至りました。

井上:

好きなことを突き詰めていくうちに、それが仕事になっていったのですね。

細部に宿したものは、誰かに伝わる。

井上:

ものづくりにおいて、これだけは譲れないということはありますか。

藤原:

一番に挙げるとしたら「ステッチ」ですね。ただまっすぐ縫えていれば良いというわけではなく、機械的に整い過ぎていない、表情のあるステッチに仕上げたいと考えています。ミシンの機種によってステッチも微妙に異なるので、理想のステッチが実現できるように何度も試行錯誤を重ねてきました。
ほかには、「コバ」と呼ばれる、革をカットした断面の仕上げにも気を配っています。革職人たちはみんなこだわる部分ですが、僕のやり方としては、塗料を塗る前に一度断面を磨くことで、気泡や段差が生じない滑らかな仕上がりをめざしています。

井上:

前に店長を務めていたセレクトショップで、藤原さんの製品を手に取ってご覧になっていたお客様が、「神は細部に宿るってこういうことだよな」と呟かれているのを聞いたことがあります。藤原さんが大事にしているディテールの造り込みが、お客様にも伝わったのだと思います。
僕は音楽活動をしていて、自分で作曲もするのですが、普通なら「そんな所もういいだろう」と言うような細かなところこそ大切にしたいと考えていて、藤原さんのものづくりへのスタンスから少なからず影響を受けていると感じます。藤原さんも音楽をされていましたよね。

藤原:

ギターを経て、サックスにのめり込んでいた時期がありました。その頃も、自分の演奏に合うパーツを自作したりして、楽器に手を加え、より良いものを造り込んでいく楽しさがありました

一枚の革、そのものが作品。

井上:

藤原さんにとって、革の魅力とは何でしょうか?

藤原:

僕が革に対して感じる魅力は、年齢とともに変わっています。若い頃は、使っていくうちにエイジング(経年変化)して味わいが出てくる革が好きでした。でも三十代を迎えた頃から、必ずしも変化することだけが革の良さではないと思うようになったんです。
いつまでも美しく綺麗に使える革というものに惹かれるようになって、日本ではいわゆる“綺麗な革”は安っぽく見られがちかもしませんが、ヨーロッパでは高級品として扱われています。牛の状態も原皮も良いし、なめしの技術も最高峰。色の付け方も絶妙です。

井上:

“良い革”というものについて、もう少し聞かせてもらえますか?

藤原:

僕が思う良い革は、「製品になることをイメージせずにつくられた革」とも表現できます。Phareの製品に使っているイタリア産やドイツ産の革は、それ一枚で完成形であり、革そのものに一つの作品のような存在感があります。色合いや仕上がりの個体差も含めて、一つひとつに作品としての迫力がある。そういうものが、僕にとっての“良い革”かもしれません。その革の良さが損なわれないように製品をつくりたいと、ずっと思っています。

お客様のアイデンティティに、合致するかどうか。

井上:

他のブランドも手がけてこられたなかで、Phareとして製品をつくる時には、どんなことを意識していますか?

藤原:

フォルムや質感を重視しています。うまく言葉にするのは難しいのですが、例えば、鞄の持ち手も強度だけを重視して太くするのではなく、余計なものを引き算して、曲線の美しさを追求したい。

井上:

言語化が難しいところの魅力も、お客様にしっかり伝えていけたらと思います。これまでの販売経験から、何かを選ぶ時、選んだ理由が自分でも分かっていないお客様が実は多いと感じていました。Phareでは、機能性やクオリティなどのニーズに応えるのはもちろんですが、お客様のアイデンティティに合致するかどうかという視点でも提案をしていきたいと考えています。
お客様の奥にある想いと、藤原さんたちが製品に込めた想いを引き合わせる、そんなお手伝いができたらと思います。

“お守り”のように、財布をつくる。

井上:

フランス語で“灯台”を意味する『Phare』。藤原さんにとって、Phareというブランド名が何を象徴しているのか、お考えを聞かせてください。

藤原:

はじめに少し触れたように、革製品の副資材である「めっき」や金具のメーカーが、値段の安い外国製に押され、廃業している状況があります。少しでも支えになりたくて、日本製の資材を使うようにしていますが……、なかなか僕たちの工房だけでは難しいです。
日本のメーカーが無くなってしまったら、僕たちもつくりたいものをつくれなくなってしまう。この業界にいる一人ひとりに火をともしたいという想いが、『Phare』というブランドを立ち上げる時の原動力になっています。

井上:

『Phare』は、一つの工房を超えて、価値観や目指す方向を共有できる造り手たちと一緒に日本のファクトリーブランドに灯りをともしていくチャレンジです。自分も神戸のお店に立つ店主として、灯りの届け手になっていきたいと考えています。

藤原:

Phareの鞄や革小物を手に取ってくださる方たちにとっても心の支えになり、日々にともる灯りになれたらと思います。一つひとつの製品に六角形のマークを添えているのですが、幸運や長寿の象徴とされる形でもあります。“お守り”のような存在として、持つ人に幸せになってもらいたいし、僕たちつくる側も幸せでありたい。そんなメッセージを一つひとつの製品に込めています。

井上:

お話を伺ってきて、革小物の細部にまで注がれる藤原さんの眼差しが、持つ人の支えになれるような不思議な安心感につながっていると感じました。今日は、ありがとうございました。