机の上の⾵景をつくり、
誰かの暮らしを照らしていく。
- Interview
MASAMI TANAKA/TAKUMI TOKYO 主宰・クリエイティブディレクター
タナカ マサミ
2011年にイタリア・フィレンツェに渡り、革製品について設計から学ぶ。2019年より自身のアトリエを構え、プロダクトデザインを主軸としながら空間スタイリングやアート制作を行う。2021年にひらいた個展を機にPhareと出会い、空間づくりに参画。2024年1月には「MASON&OBJET PARIS」に自身のブランド『TAKUMI TOKYO』として出展。
Phare 店主
井上 孝頌
タナカさんには、Phareの空間スタイリングを手がけていただきましたが、もともと革職人でもあったそうですね。
小学生の頃から、絵を描いたり、工作室に籠もってものをつくったりしていました。それから将来を見据えるようになった時、過去へさかのぼると、ものづくりが好きだった頃の記憶に辿り着いて。当時シルバーアクセサリーに惹かれていたのをきっかけに、彫金について学び始めました。
革に限らず、幅広くものづくりに興味をもたれていたのですね。
はい。今も、ものと一対一になって自分の手を動かすことが好きだという感覚は変わりません。クリエイティブディレクターとして空間やプロダクトのディレクションにも取り組むようになると、そこに多くの人が介在して手よりも頭を動かす機会が増え、改めてその想いを実感しています。
誰かと一緒につくること、一人で追求すること。どちらの楽しさも知ったうえで、自分は何を表現したいのか、何を大事にしたいのか……もう一度、自分一人の世界と向き合うことに時間を注ぐようになりました。
さまざまなものづくりに携わるなかで、自分への問いかけや気持ちの変化が生まれてきたのですね。
2016年に自分のブランド『MASAMI TANAKA』を立ち上げ、もともとは革製品も多く手がけていました。2017年からは、日本の創り手たちと暮らしの架け橋になりたいという想いから『TAKUMI TOKYO』というブランドも牽引しています。今は革から離れ、自分から湧き出る表現をこめた、アートの領域に近いものづくりへシフトしています。
アートの領域へと踏み出したのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
空間づくりを通して、世界各地でつくられた工芸品やヴィンテージ家具にふれるなかで、アイテム一点一点に宿った尊さや美しさに、いつも力をもらってきました。自分もそんな”エネルギー”をものに込めて、誰かに届けたいと思ったのです。
その想いが芽生えたのは、いつ頃ですか?
独立して3年目、ブランドも順調に進んでいた頃のことでした。忙しさに追われる日々に違和感が募り、このままだと工場のようになってしまうと感じたんです。仕事としてものをつくる域に留まらず、“作品”と思えるものをつくって誰かに届けてみたいという想いが湧いてきました。
ブランドが順調だったさなかに、方向性を改めて選択する場面があったのですね。不安などはなかったのですか?
そのあたりの感覚は麻痺しているというか(笑)正直、安定は二の次で、やりたいのか、やりたくないのか、これまでも自分の直感を大事にしながら選択を繰り返してきました。それでのたれ死ぬんだったら、そこまでの人間ということだな自分は、と。
自分の直感に従って選択を。
自分だったら、どういう感動をつくれるか。この時は、それを試してみたくなったんです。
作品をつくるうえで、どんなことからインスピレーションを得ていますか?
好きなことに没頭する時間そのものが、インスピレーションの源になっています。
デザインは”生もの”なので、いつも新鮮な心を保つことができるよう、趣味に使う時間を大切にしています。例えば、キャンプで焚火をしている間にアイデアが浮かぶこともあり、忘れないうちに家に帰って、一度すぐにつくってみます。
自分は音楽をしているのですが、外出先でふと曲が浮かんできた時、これを忘れたくないと焦ることがあります。でも、実際にかたちにしてみたら、想像と違っていたということもありませんか?
あります。ですが、しばらく時間が経った後でまた新しいアイデアにつながることもあるので、失敗とは捉えずに一週間ほどそっとしておきます。
すぐに結果が出ないからといって、失敗というわけではない。いろんな経験や試作のストックが、いつどんなかたちで実を結ぶか分かりませんね。
そうですね。自分の心に正直で居られれば、ワクワクするような刺激はいろんなところにあって、昔から好きなオメガのヴィンテージ腕時計を見つけたり、近所においしいごはん屋さんを見つけたり、気がつけばすぐ身近にあります。
ふだん自分が暮らす場所も、各地で出会った自分の好きなものに囲まれた、心地の良い空間になっていて、レコードから流れる音楽や、香り、お気に入りのポットでお茶を淹れたり……ささいなことですが、その積み重ねを大切にしています。
タナカさんに空間づくりをお願いさせていただいた時点では、まだPhareのコンセプトも十分に定まってはいませんでした。
当時決まっていたのは「商品に価値を感じてくれる人に、質やこだわりをしっかりと伝えていく」ということでしたね。
井上さんたちの“ものの価値”を大切にされる想いを受けて、革物の鞄や小物一点一点を引き立たせるようにと、自然と作品に引き寄せられるギャラリーのような空間をイメージしました。
空間をスタリングする時、大切にされているのはどんなことですか?
空間に合う家具やオブジェを探していると、「ものが語りかけてくる」ような感覚があって、やっぱりエネルギーを感じられるかどうかを大事にしていますね。はじめから緻密に考えて空間を設計するというよりも、自分の足を使っていろいろなものと出会い、そのアイテムが一番輝いていられる居場所を感じとりながら空間に配置していきます。
今回Phareの空間をスタイリングした時も、千葉から神戸まで自分の車を走らせてきて、数日かけて関西のお店を30軒ほど回りました。
タナカさんには、本当にたくさんのお店を回って、素敵なアイテムを見つけていただきました。自分の車で周るのには、理由があるのですか?
そこは自分にとって大事な感覚で、肩のちからが抜けた自然体の状態でものにふれる方が、アイテムを見極められるんです。関東でアイテムを買い付けて神戸の店舗に送ることもできたかもしれませんが、できるだけ時間をかけて現地に滞在し、この土地の空気を感じながらアイテムを調達していきました。
例えばこのスツールは「マリスツール」と言って、Phareの店舗からすぐ近くのアンティーク系の家具や雑貨を扱う「moja」さんで出会ったものです。一見シンプルですが、足の形状が珍しく、あまり無いかたちに惹かれました。
「LIGHT YEARS」のペンダントライトは、スタッフの方が石を使って手づくりされていて、数ヵ月に一度だけ販売されているものです。オンライン販売はなく、実店舗に足を運ばないと入手できないのですが、リサーチで滞在中に大阪の店舗で販売されていることを調べ、見に行きました。これも石の形状が一つひとつ違うので、他に二つとない照明になっています。
また別のアンティークショップで出会った女性の絵。同じアーティストの作品が何点かシリーズで並んでいたのですが、特にこの一枚から語りかけてくるものを感じました。絵や緑があることで、限られた店舗空間のなかでも世界観を広げていくことができます。
タナカさんご自身の作品も、空間に採り入れてくださいましたね。
作品をつくり始めた2018年に製作したものです。まず自分が心惹かれるアンティークの額に出会い、その額から着想を得ながら牛の革を素材にして作品を構成しました。
額との出会いから生まれた一点物の作品ですね。Phareの空間では、希少な一点物やジャンルの異なるアイテムが初めから置かれていたかのように調和しています。細部にまでエネルギーを宿してくださり、ありがとうございます。
「Phare」というブランド名はフランス語で”灯台”を意味していますが、タナカさんにとって心に灯がともる瞬間とは、どんな時ですか?
持ち帰ってきたアイテムで、自宅やアトリエをゆたかにしていく時間は、大切な瞬間です。あるべき場所に丁寧に置いて、息を吹きこんであげる工程をとおして、僕自身も満たされていきます。
Phareを訪れるお客様には、そのように空間や時間も含めて味わってもらいたいと思っています。そして、お店も生きもののように、井上さんたちの手で、配置やアイテムに変化を加えながら育てていってもらえたらうれしいです。
お話を伺い改めて、タナカさんならではの感性によってPhareの世界観が表現された素敵な空間だと感じました。
商品の魅力を伝えるとともに、店内のアイテム一つひとつにも愛着を感じながら、いつまでも喜んでもらえる場所にしていきたいと思います。