机の上の⾵景をつくり、
誰かの暮らしを照らしていく。

  • Interview

SHINARI

大塚 浩司、大塚 小春

鞄づくりを通して出会ったご夫婦が手がける、皮革製品のブランド「SHINARI」。現在は兵庫県神河町に工房をかまえ、文房具にまつわる製品を中心に展示販売やオーダーメイドを行う。「SHINARI」というブランド名には、靭り(鞣革のように柔軟な様)、師也(我以外皆我師也(われいがいみなしなり)という意味が込められている。

Phare 店主

井上 孝頌

ルーツは、豊岡での“かけがえのない一年”。

井上:

お二人がものづくりを始められたきっかけをお聞かせください。

大塚 浩司:

小さい頃からレゴで遊んだり、工作をしたりと、ものづくりに親しんでいました。大学では生命科学を専攻し、ひとつの成果が世に出るまでに長い歳月を要する基礎研究の場に身を置くなかで、1か10まで自分の手でかたちにできる仕事に心惹かれるようになりました。

では何をつくるのかと考えた時、もともと革製品が好きだったこともあり、卒業後は豊岡へ移り、鞄職人の学校「トヨオカ カバン アルチザン スクール」に通いながら一から鞄づくりを学んでいきました。

大塚 小春:

私は、父がガラス作家、母が彫金作家という家庭で育ち、幼い頃から両親がつくったものが身のまわりにありました。知人の作家さんがつくった器が食卓に並んだり、物と暮らしがゆたかに結びついている環境のなかで、自然と私も「自分がつくったものを誰かに届ける仕事をしたい」と思うようになり、夫と同じ豊岡のスクールに入りました。

※以下、同姓のため下のお名前のみ表記、敬称略。

井上:

お二人とも同じスクールに。どんな風に鞄づくりを学んでいったのですか?

浩司:

スクールの先生方は、鞄づくりの師匠のような存在です。ラフスケッチから始まり、先生に教わりながら自分で最後まで作品をつくり上げる、ぶつかり稽古のような日々でした。お世話になった先生はまだ現役で、制作で困った時は今でも相談しています。

井上:

いい師弟関係が続いているんですね。スクールにいた頃を振り返って、特に印象に残っている場面はありますか?

浩司:

振り返ると、ものづくりを始めた最初の一年が、あの豊岡での一年で本当によかったと思います。今も新しいものをつくろうとして日々難題に向き合い、悔しい思いをすることも多々ありますが、スクールでもそんな感覚を毎日のように味わっていました。

ひとつの場面というより、スクールで過ごした一年間のすべてが得難い経験で、僕のものづくりのルーツになっています。

小春:

私は鞄づくりの知識が全くない状態でスクールに飛び込んだのですが、厳しくも、愛のあるムチと言いますか…(笑)それに触れさせてもらえたのは大きかったと思います。

革でぬいぐるみを制作されている先生にも教わったのですが、初心者の私に真摯に向き合って、革で立体を組み上げる技術を包み隠さず教えてくださいました。素敵な先生方に出会うことができた、かけがえのない一年です。

机の上の風景を、つくる。

井上:

スクールで学び、SHINARIを立ち上げるまではどんな道のりでしたか?

浩司:

卒業後は、先生に弟子入りするような気持ちで、アシスタントとしてスクールに残りました。

小春:

私は豊岡のメーカーに就職しました。アーティストとしての動き方しかイメージできていなかったので、企業でのものづくりをぜひ知りたいと思いました。

浩司:

仕事のかたわら、自分がつくりたいものを制作し続けてきて、その活動がSHINARIというブランドにつながっています。二人とも文房具が好きで、革と文房具が結びつくところに自分たちがつくるべきをものを見つけて、自然と一緒につくるようになりました。

小春:

今は文房具店さんとのお仕事や、文具関連のイベントに出展させてもらうことが増えていて、対面で顔を合わせて商品を届けていくことを大切にしています。

井上:

イベントを楽しみにしている方もいるでしょうね。

浩司:

そうですね、“オフ会”のような感覚で各地に顔なじみの方が居てくれて、本当にありがたいです。僕たちはものづくりを通して“机の上の風景をつくる”ことに貢献できたらと考えていて、ペントレイやデスクマットなど、机の上をSHINARIで揃えてくださっている方もいます。

ふだんは兵庫県のローカルな場所でものづくりをしているので、みなさんに会いに行くという意味合いも込めて、行商みたいなかたちで全国に伺っています。

ものづくりへのアプローチが違うからこそ、生まれるもの。

井上:

お二人でものづくりをされるなかで、役割分担などはありますか?

浩司:

それぞれ、自分で一から企画を立てて製作を手がけていくのですが、ものづくりに対するアプローチはかなり違いますね。僕一人だったら全然違うものができただろうと思う。逆に、その違いが面白いと思って、二人でやる意味を感じています。

僕はギミックや仕様を考えたり、構想を組み立てたりしていくことが好きで、彼女は「暮らしの中にこういうものがほしい」という想いが先にあり、そこに向かって進めていくタイプです。

小春:

主人がつくるものは、いつも驚かされます。サンプルがあがってきた時に「一体どうやって、こんな構造や仕掛けを考えつくのだろう」って。

井上:

SHINARIの「Foldo」というお財布も、お札が三つ折りに入るギミックがありますよね。

小春:

財布としての使いやすさだけでなく、お札やカードが美しく収まることも考えたかたちになっています。

この万年筆ケースも、万年筆の天冠(キャップの上部)のデザインがきれいに見えることを考え、机の上に立てて置くと万年筆がお辞儀するようにつくられています。

「主人の頭のなかは一体どうなっているんだろう?」といつも思わされます(笑)。機能的なだけでなく、美しさという観点も落とし込んでいるところが、いつも感心というか、感動させてくれて、一緒にやっていて楽しいところですね。

井上:

本当にすごい仕掛けですよね。こういったギミックはどんな風に考えていくのですか?

浩司:

思いついたアイデアから部分的なサンプルをいろいろつくって、どんどん組み上げてファーストサンプルとしてアウトブットします。スクールで教わったことの引き出しも活かしながら、ひとつずつ試してみて、できあがったものにがっかりすることもあれば、これはいい、と気に入るときもある。決して効率的とは言えませんが、その繰り返しですね。

小春:

私の場合は仕掛けや構造を考えるというより……例えば、「インク&ペントレイ」の場合、自分がガラスペンを使っている時に、「この美しい芸術品みたいなペンを、そのまま机に置くのは作品に対して申し訳ない…」という気持ちが湧いてきて、「ガラスペンやインクを置けるトレーがあると良いな」という着想につながりました。

井上:

愛用者としての、文具へ敬意から商品がうまれたんですね。

小春:

このペントレイは、ペンが転がらないように、当初革を積み重ねて枠をつくってみたのですが、やわらかいためまっすぐに揃わなかったりして、主人に「これでは製品にならない」と言われてしまいました(笑)。

製品としてもっとクオリティをあげないといけない、と試行錯誤した結果、枠に5mmの檜の角材を入れることにしました。工具を使って角も丸くしています。革の下にクッション材を入れているので、図面もミリ単位で高さが違っていて。

浩司:

型の制作は大阪の事業者さんにお願いして、なんとか実現してもらったんですが、史上最強に難しかったと言われました(笑)

採算度外視ですが、お客様が喜んでくれるはずだから、なんとか商品化したいと。

小春:

どうやったら自分の想いをかたちにできるか、主人にはいつも助けてもらっています。

お客様に背中を押され、生まれたペンケース。

井上:

SHINARIとPhareのご縁ができたのは、Phareでもプロダクトを展開されている革職人の藤原さんが、大塚さんに財布づくりを教わったことがきっかけですよね。

浩司:

僕が豊岡のスクールで講師をしていたときに、藤原さんが財布づくりを学びに来られました。それがご縁で、Phareオリジナルのカラーでお財布をつくらせていただきました。

井上:

「曲線の美しさ」にこだわるというPhareのコンセプトに、とても合う財布に仕上がっていますね。うちの店らしく、内側を明るい色にしていただきました。そして文具にかかわるペンケースもPhareのために別注の素材でつくっていただきました。

浩司:

Phareがオープンされるタイミングで、ちょうどできあがりました。このペンケースは、先ほどお話しした万年筆ケースをマイナーチェンジしています。少し特殊なかたちなので、取り扱っていただくのは難しいかなと思っていたんですが、このペンケースをつくる前に、背中を押されるような出来事がありました。

井上:

背中を押される出来事?

浩司:

万年筆ケースを買ってくださったあるお客様から聞いたお話なのですが、そのお客様が喫茶店のテーブルに万年筆ケースを置いていたら、お店の方に「何が入っているんですか?」と聞かれたそうです。

井上:

一般的にはあまり見かけない形と大きさですから、不思議に思われたのでしょうね。

浩司:

「これは万年筆ケースですよ」と開いて見せたら、その方が「すごい」と褒めてくださったそうなんです。「これは何だろうと興味を引くことができる良いデザイン」だと。

そんなお話に背中を押され、こんなペンケースがあってもいいかもしれない、手に取っていただける機会が広がるかもしれないと、製作に取り組みました。

ものづくりへの“執着”に、誠実でありたい。

井上:

ものづくりにおけるお二人の“哲学”があれば、お聞かせください。

浩司:

SHINARIというブランドでは、「それをつくった自分自身が気に入るかどうか」を一番大事にしています。そして、その製品がお客様の生活を幸せにしているかどうか。精魂込めてつくったものを、お客様がどう使っているか、つくり手として気になります。

だから、売れるかどうかで一喜一憂するのではなく、売れても使ってもらえず、その人のなかで優先順位が低いものになってしまっては意味がありません。一番のお気に入りになってほしいです。

小春:

両親は暮らしに直結するものをつくっていて、他の作家さんがつくった器を使ってご飯を食べる時も、「私たちのつくったものも、誰かの暮らしを豊かにしているといいな」といった会話が食卓に飛び交っていました。だから、私のなかにも自然にそういう想いが根づいています。

井上:

食卓でそんな会話が出てくるなんて、素敵ですね。

小春:

これがあればお客さんの暮らしが楽しくなるよねとか、そういう話ばかりしていました。父はワイングラスをつくったと思ったら、それに入れるワインを仲間内で作り出したり(笑)暮らしをどう楽しくするか、人をどう巻き込むかという視点を尊敬しています。

井上:

ものづくりにおいて、特にこだわっているポイントはありますか?

浩司:

こだわりというより“執着”かもしれません。この万年筆ケースやトレーは採算が合わないから、どこの会社でもGOが出ないと思います。うちは全部、自己責任。自分たちが良いと思ったものをつくるためなら、何度だって試作を繰り返します。そうして誰かに届けたものを、良いと感じて使ってくださる方がいて、SHINARIの活動は少しずつ広がってきました。

だから、これからも執着に誠実でありたいし、自分が良いと思うまでやり切るスタンスは崩したくありません。

ものづくりを通して、人とつながり、いくつもの灯りがともっていく。

井上:

Phareというブランド名は「灯台」を意味する言葉で、外見の装いだけでなく、お客様の内面にも灯りをともしたいというメッセージを込めています。お二人は、ものづくりを通して灯りがともるような感覚に出会うことはありますか?

浩司:

とても尊敬しているアーティストの方がいるのですが、その方の作品と、SHINARIの作品が机の上で一緒に並んでいる投稿をSNSで見ました。その時の感情が、灯りがともる気持ちに近いかもしれません。ありがたいというか、うれしいというか。もっとがんばらないとな、という気持ちにもなりました。

小春:

私たちはいろいろな場所を訪れて、言葉を直接伝えたり、製品を実際に手にとってもらうことを大事にしています。逆に、これまでに製品を買ってくださった方が来られて、使っている様子を教えてくださったり、おかげで楽しくなった、ありがとうと伝えてくださることもあります。そんな時、私たちのつくったものが誰かを照らすことができているのだと感じます。

浩司:

Phareが掲げるメッセージには、僕たちの活動に通じるものを感じています。この業界は、自分一人では何もできないし、苦しい状況になるほど手を取り合うことが大切ですよね。

僕たちがつくったものを届けたい相手に届けることができているのは、イベントを主催してくださったり、Phareのようなお店がお客様につないでくださったりしているおかげです。これからもPhareには、たくさんの良い出会いを紡いでいってほしいです。

井上:

ありがとうございます。今日は、ものづくりのルーツや製作への想いを聞かせていただきました。お二人の、さらなるご活躍を楽しみにしています。