机の上の⾵景をつくり、
誰かの暮らしを照らしていく。
- Interview
Barco Carpintero 革職人
鈴木 磨
服飾を学んでいた学生時代に“革”と出会い、日本有数の鞄づくりのまち豊岡で、革を活かした鞄の設計に携わる。「設計だけでなく自分の手で鞄をつくりたい」という想いから大手メーカーを離れ、神戸の工房へ。藤原進二氏とともにBarco Carpintero(バルコカルピンテーロ)を立ち上げ、2023年「Phare」に参画。
Phare 店主
井上 孝頌
もともと僕はBarco Carpinteroの藤原さんと仕事をご一緒させてもらう場面が多く、神戸の工房にもよく顔を覗かせてもらっていました。鈴木さんは3年ほど前に工房に参加されて、顔を合わせるようになりましたね。
はい。井上さんは同い年ということもあって話しやすく、工房に来てくれた時に言葉を交わすようになりました。
ある日、「この車、井上さんに似合いそうだから」とボルボの古い車を紹介してくれたこともあって、それはまさに自分の好きな佇まいをまとった車でした。当時はまだ30才になったばかりで、同じ年頃の人とは好みのギャップを感じることもあったのですが、鈴木さんとは古い物の話もすることできて、価値観が通じ合うところや、学びになるところがたくさんあると感じています。
井上さんがPhareの店主として、人とのつながりをすごく大切にしながらお店をつくり上げようとしている姿に、僕も日々刺激をもらっています。
鈴木さんが“革”という素材に出会ったきっかけを教えてもらえますか?
学生時代は服飾の学校に通っていて、ファッションについて幅広く学んでいました。いろいろな素材にふれて実際に服をつくるなかで、他のどんなものよりも人に近いのが“革”だと感じました。僕にとって革は、人との距離感がすごく近い素材なんです。
人との距離感が近い?
はい。革には一つひとつに違いがあって、今でも工房に届いた革を作業机に広げる瞬間は、毎回ワクワクします。よく観察すると蚊に刺されたような小さな痕があったりと、生き物ならではのストーリーがそれぞれにあるんです。一つの命であることを、改めて実感させられます。
どこかあたたかさも感じられて、親近感のような感覚を覚えながら、革と向き合うようになりました。
学生時代から、革を使って何かをつくっていたのですか?
はい。卒業制作のコレクションも、すべて革で洋服をつくって発表しました。さっきの親近感とは逆の言葉かもしれませんが、アバンギャルドなもの、社会に向けたメッセージのあるものをつくろうと意気込んでいましたね。
当時は、その表現がすこし過激になり過ぎてしまって、ステージを観て泣いてしまった子どももいたのですが(笑)。自分のつくるものにメッセージを込めたい、という考え方は今も変わっていません。
革の持つ素材感やストーリーだけでなく、そこに込める自分自身のメッセージを大切にしていきたいということですね。こうした考え方は、誰かの影響を受けているのでしょうか?
フセイン・チャラヤンというファッションデザイナーのショーを見た時の驚きが、今も心に残っています。2000年に『After Words』というコレクションを発表したのですが、デザイナー自らが幼少期に感じた内戦の記憶や感情がその作品の源になっています。
はじめはステージの上にテーブルや椅子だけが並んでいて、モデルたちが登場すると、テーブルクロスや椅子のカバーが衣裳に変化して、“動かない家具“から“動く衣服”へと変容を遂げます。内戦の爆撃から、自分たちの大切にしている家具や生活空間ごと逃げ出せたらいいのに、という子どもの頃の原体験が、たくさんの人に驚きを与える作品を生み出したのです。この作品から、ものづくりは、自分の中にある想いを伝えるための一つの手段でもあるのだと学びました。
※フセイン・チャラヤン……トルコとギリシャが混合する島国、キプロス出身。内戦や複雑な家庭内事情を経験した。大学時代の卒業制作『土中に埋められていた服』で注目を浴び、1995年にロンドンコレクションにてデビュー。
鞄の中にメッセージを込めていくうえで、ふだん意識していることはありますか?
目に見えない、感覚的に感じ取れるものを大事にしています。僕は何かをじっくり論理的に組み立てていくというよりも、考えたらすぐ行動に移す人間で、その分、好奇心も人一倍旺盛だと思っています。
洋服や登山、キャンプ、自動車もバイクいじり、とにかく何でも自分で経験してみて、その中でさまざまな発見に出会っていくことが多いように思います。
例えば、キャンプではロープの扱い方が大切なのですが“もやい結び”という結び方から鞄の構造につながるヒントをもらったり、アウトドアギアやミリタリーウェアの利にかなった機能性から多くのことを学んだり、動いている内に点と点がつながり線になっていく感覚を大切にしています。
きっと、趣味を楽しんでいる時間も、無意識で鞄のことを考え続けているのでしょうね。
そうかもしれません。思いついたら何でもすぐメモを取るようにしていて、寝ている間もいろいろ浮かんできて枕元のメモに書き写すので、全然眠れません(笑)。
でも、そうやって好きなことがつながっていくことで、自分の想いが鞄に詰まっていくような感覚があります。
アイデアを実際の鞄に落とし込む時は、どんなことを大切にしていますか?
もともと豊岡の大手鞄メーカーで設計をしていた頃は、デザイン画や図面を起こすことが自分の仕事でした。でも今は、あえて絵を描かないこともあります。
あえて絵を描かない?
はい。絵に描いてしまうと、そこに描かれたものしか生まれない気がしていて。自分が本当に表現したいものや、新しいものは、その先にあると思うのです。だから、自分の中にある妄想や想像だけを頼りに、そのイメージを頭の中で分解して型紙を起こし、そのまま鞄を組み上げてしまう。そういう時は不思議と全体の調和もとれていて、自分の想像に近いものや、あるいは想像以上のものが生まれてくることがあります。
まずはデザイン画を描いて、それから型紙を起こす、という常識に囚われないことで広がる可能性もあるのですね。
鞄づくりは、見えない制約に縛られがちな世界でもあります。たとえば、大量生産の場面では、お客様からのクレームを防ぐために、革の裏側に芯材やウレタン樹脂を多く使うことで、強度と張り感をしっかり出している。でも本来、革はまっすぐ立つものではなく、置けばくったりと曲がるし、皺ができるほうが自然の姿だと思うのです。
その通りですね。
僕たちは、できるだけ革の自然な質感を活かすために、加工を必要最小限にとどめ、その代わりにドレープと呼ばれる曲面の美しさを大切にしています。まっすぐ張り詰めた革の美しさももちろんあると思いますが、革の持つやわらかさを活かして曲線を描くことで、そこにやわらかい“光”と“影”が生まれていきます。
「Phare」というブランド名はフランス語で“灯台”を意味していますが、灯台もまさに光と影を生み出す存在ですね。
僕は、大量生産の中の一部として働くのではなく、一から十まで自分たちの手で鞄をつくりたいという想いで神戸へやって来て、藤原さんたちとBarco Carpinteroという工房を立ち上げ、Phareにも参加しました。自由にものづくりができるこの環境を活かして、革本来の魅力もより良いかたちで届けていきたいと考えています。
「Phare」の鞄や小物を持つ人へ、どんなメッセージを届けていきたいですか?
僕にはずっと憧れていたアンティークの腕時計がありました。なかなか現物を見つけることができなくて、長い間探し回った末に、ついにその時計に辿り着くことができました。でも、試着をしてみると全然しっくりこなかった。
不思議と、たまたま隣にあった時計に心が惹かれ、試着してもそちらの方が自分にすっと馴染んで、その場で一目惚れしてしまったという経験があります。その時計は、今でも大切に使っています。
「Phare」も同じように、出会った時に心に何か響きかけるものがあり、日々お使いいただく中で「これがあれば大丈夫」と思ってもらえる存在になってくれたらうれしいです。
革そのものの自然な美しさとまっすぐ向き合って、そこに自分のメッセージを乗せていく鈴木さんの姿。同じ年齢の一人としても、とても刺激になりました。そのメッセージが届くべき人に届くように、Phareの店舗に立っていきたいと思います。今日は、ありがとうございました。